登入竜殺しという大剣を受け取った俺はスノール前線基地へと到着していた。 陣中見舞いとして、大量の物資を運び込んでくれることも侯爵様は約束してくれている。「ルカ殿下!」 砦にペガサスを降ろすと、兵士たちが近寄って来た。 割と数が少ないのは、大半が最前線に配備されているからだろうな。ここには二万を超す兵が配備されているはずであり、中途半端な時間に到着してしまった俺に責任がある。「ああ、ご苦労だった。これからは俺が前線基地の指揮を執る。よろしくな?」 俺が労いの声をかけるも、兵は浮かない表情だ。何か問題でも抱えているのかもしれない。「どうした? 兄上が何か問題になるようなことでもしたか?」 俺の問いに兵はバツの悪そうな表情をしながら質問に答え出す。驚愕を通り越して、呆れてしまうその理由を。「私は副官のリーズベルです。ルカ殿下がお見えになることは分かっていたのですが、出迎えの人数を割けない事態でして……」「んん? 魔国の侵攻でもあったか?」 重ねた問いには首を振られている。 どうにも理解できん。魔国が南下を始めたわけではないのなら、前線基地に問題などないはずだ。「実はアークライト殿下が大半の兵を引き上げてしまわれたのです。今ここに配備された兵は五百人しかおりません……」 俺は絶句していた。 聞けばアークライトは自身が撤収する際に、二万五千という兵を王都へと連れて行ったという。よって、スノールは前線基地と呼べないほどの兵力しか残っていないらしい。 嘆息するしかない。ここまでするのかと。女神たちが生み出したイレギュラーは、この世界線に多大な不利益を被っているようだ。「どうしようもないクソ野郎だな……」 俺の独り言にリーズベルは視線を泳がす。 流石に第一王子の悪口に同意はできないみたいだ。「それでバリウス帝国の現状はどうなっている?」「詳細は分かりません。一ヶ月前に五千という援軍を送ったのですが、一週間前から連絡が途絶えています」 練度の低い兵を幾ら送ろうとも無駄なことだ。 魔将軍リヴァイアは広域スキルにて大洪水を引き起こす。場合によっては、一瞬にして五千の兵など輪廻に還ることだろう。「リーズベル、兵を集めてくれ。今後の方針を話したいと思う」「承知しました……」 どうあっても俺を排除するつもりらしい。 アークライトはシリ
私兵に案内され、俺はサンクティア侯爵の執務室へと来ていた。 忙しいところ、誠に申し訳なく思う。まあでも、リィナが会っておけというのだから、俺は彼女が話す通りにするだけだ。「ああ、殿下! 兵たちが失礼しました。経緯についてはリィナからの魔道通話で聞いております」 いや、失礼なのはメイドのババアなんだかな。まあ、別に構わないけれど。 それでリィナは早速と連絡を取ってくれたらしい。 経緯ってのはどこまで話したのだろう。まさか俺との関係まで赤裸々に伝えたなんてことはないと思うけれど。「殿下には感謝しかありません。まさか幾ばくも生きられないリィナの願望を叶えてくださるなんて……」 うん、全部話したみたいだな。黙っているとも思えなかったし。「こちらこそ立場も考えず申し訳なく考えております。俺はどうしてもリィナが良かった。ただそれだけです」 俺の返答に侯爵は言葉を詰まらせていた。 今さらながらに知った俺の気持ち。彼が知っているのは改変された世界情報に他ならないが、俺とリィナの愛は世界線を越えても同じだ。そこに誤解など生じるはずもなかった。「良かれと思い破談にしたわけですが、私は二人の気持ちを蔑ろにしていたわけですか」「侯爵のお考えはよく分かります。了承した父上の判断でさえも……」 記憶を頼りに考えると、二人の判断は正しい。 俺は第二王子であり、リィナはもう何年も生きられないと診断された。許嫁という婚約関係を続ける意味はもうなかったのだ。「しかし殿下、リィナが逝ったあとのこともお考えください。確実にそのときが訪れます。フィオナ殿下とのご婚約はとても良いお話であったというのに」 それも分かっている。けれど、俺は葛藤しているんだ。 このまま生き続けるのか、或いは死を選ぶのかと。 死を選ぶ場合の未来。それは誰も幸せにならない無意味な決断だと分かっていた。 間違いなくリィナは喜ばないだろうし、フィオナまで不幸になってしまう。リィナの死を受け入れると、少なからず一人は幸せにできるのだから。「俺はこれから戦場へと向かわねばなりません。しかも、罠である可能性が否定できない。生き残ってからの話なんか考える余裕はありませんよ」 こう答えるしかない。悩める俺は結論をまだ出したくなかったんだ。「アークライト殿下は惨い決断をされましたな。それも全て貴方様に才
北東の街レザルを飛び立ち、俺はサンクティア侯爵邸へと向かっている。 天馬とはよく言ったもので、数日はかかると思っていた道のりをたった一日で辿り着いていた。「プテラ、ありがとう。お前がいてくれて助かったよ」 声をかけると反応してくれる。純潔の乙女が好きなのだと思ったけれど、俺は割と気に入られているのかもしれない。 ちょくちょく俺を振り返っては、様子を確認してくれるくらいだし。「まさかイリア様が俺を女の子にしようとしていたのが関係してんじゃ?」 俺は男だし、穢れてもいる。そんな俺を慕うペガサスなんて信じられない。主人であるフィオナの命令だからかもしれないけど。 考え事をしている間に、サンクティア侯爵邸が見えてきた。 本当に懐かしく思う。改ざんされた記憶にあるのは勿論のこと、俺には並行世界で訪れた記憶があったのだ。 広大な庭にペガサスを降ろすと、直ぐさま私兵たちが俺を取り囲む。「待て、俺はルカ・シエラ・シルヴェスタだ。侯爵殿に面会を頼む」 こんなとき王子殿下という肩書きは強いな。 直ぐさま兵たちは頭を垂れ、非礼を詫びてくれるのだ。明らかに庭へと降りた俺が悪いというのに。「おやまあ、誰かと思えばイケメン王子じゃないか?」 たった今、謝罪を受けたはずだよな? だというのに、揶揄するような声が聞こえている。 目の前にはメイド服を来た老婆。どうしてかニヤニヤとして俺を見ていた。「イケメン王子、リィナにズバんと決めてあげたんだろうね?」 何だか既視感があるな、この婆さん。俺は初対面であるはずなのに。「処女を焦らすなんて野暮な真似したんじゃないだろうね? 溶けたバターを舐め回すようなことしてんじゃないよ? 分かってるかい、イケメン王子!?」 ああ、なるほど。理解した。 この婆さんは、きっとアレだ。ずっと俺を悩まし続けた元凶に違いない。「あのエロババアか!?」「クック……。ワシがリィナの躾け役さね。エロババアとは褒め言葉だよ、イケメン王子」 ぶっちゃけ不敬罪で引っ捕らえてやろうかと思うが、リィナが悲しむといけないしな。こんな婆さんでもリィナは慕っているのだし。「俺は侯爵様に用事があってきた。婆さんに用はないぞ?」「ワシももう歳じゃからな? 若いイケメンと会話くらいさせてくれ」「まだまだ生きそうじゃねぇかよ……」 この婆さ
アークライトと書面を交わした俺は旅立つ準備を終えていた。 薬や食糧を買い込み、着替えなどもアイテムボックスへと放り込んでいる。 ぶっちゃけ俺が騎士学校に戻ることは、もうないだろう。俺が死ぬまで前線配備は変わらないはずなんだ。「コーネル、強くなれ。俺は先に戦場へと向かう」 短い期間であったけれど、コーネルは良きルームメイトだった。彼が自己研鑽し、強さを得られることを俺は望んでいる。「大国の王子も大変だね? 驚いたよ。まさかアークライト殿下があのような人だったなんて……」「そういうな。俺は幼い頃から目立っていたしな。兄上には目の上のこぶ。使徒であったから、俺はかなり期待されていたんだ」 改変された記憶。それは主にシリウスが持っていたものだ。兄弟の確執は俺へと受け継がれている。「才能がありすぎるのも考えものだね。だけど、僕は君が任務を全うすると信じている。僕が戦場に赴くまで顕在であって欲しい」 嬉しいことを言ってくれる。もう親友じゃね? 同じ悲運を持つもの同士。友達という枠を越えたような気がしてしまう。「コーネル、俺は死にに行くわけじゃないぞ? 魔族を一網打尽にするチャンスだ。加えて兄上の立場を奪うことができる。交わした契約では俺が活躍したとしても、任命実績に加わらないことになった。あくまで俺が戦場を希望しただけ。兄上は勝手に俺が死ぬものと考えている」 公式に交わした書面。内容はかなり俺に有利な内容となっている。 敵軍を殲滅したり、魔将軍を討伐したとしても、アークライトは戦果を主張できない。あくまで俺が西部司令官であり、全ての戦果を自分のものとできるのだ。 しかしながら、当然のことリスクもあった。万が一にも基地を失うなんてことになれば、俺は全責任を負うことになる。 書面によると斬首刑。俺を亡き者にしようとするアークライトは、その文面を入れ込むことで全てに了承していたんだ。 だからこそ、俺は目一杯に暴れられる。アークライトの功績に含まれないのならば、俺は魔将軍であろうと返り討ちにしてやるだけさ。「期待しているよ。ルカ君が王国のトップになることを僕は望んでいるから」「任せろ。じゃあ、行ってくる……」 別れは済ませた。 コーネルの成長をリィナに一任しなければならないけれど、レベル50に迫るリィナならば問題ないだろう。 俺は
自室の窓を開けて、わたくしは祈りを捧げていました。 当然のことルカ様の無事を祈願して。まあしかし、浮かない表情であったと思います。 なぜなら、ルカ様はリィナにだけ愛を語って、わたくしには何もなかったのです。 美の女神の使徒であるわたくしですが、愛されたい人に愛を語ってもらえない。 嫉妬心よりも不甲斐ない気持ち。ですが、旅立たれるルカ様の安全を祈りたいという想いに嘘はありません。 精霊たちがルカ様を守ってくれるよう、わたくしは夜空に祈りを捧げていたのです。「ただいまぁ……」 すると、リィナが湯浴みから戻ってきました。 今宵のお勤めを断られた彼女は割とふて腐れていたのですが、食事を取り湯浴みをして切り替えられたのでしょうか。「リィナ、わたくしよりも、ずっと恵まれているのですよ? そんな顔はしないよう願いますわ。わたくしとて皇女でなかったのなら今頃はルカ様と……」「ああ、ごめんなさい! てっきり別れを惜しむかのように愛されると思っていたからね。少し寂しくなってしまったの……」 リィナとは随分と打ち解けました。 場合によっては同じ家族となるのです。わたくしたちは、いがみ合うよりも共に手を取るべきでしょう。「フィオナ様は何をされていたのです? 窓を全開にして……」「実は精霊たちにルカ様を守ってくれるようお願いしていたのですわ。こんなことしかできませんし……」 願いが届いたのか分からないのはしょうがありません。ですが、祈っておけば彼らは応えてくれる。わたくしはそう信じております。「流石は精霊術士ですね? ペガサスが祈りに応えてくれるなんて……」 はい? わたくしは精霊に祈っただけですわよ? ペガサスなんて神獣を召喚したなんて事実はありませんの。 背後を指さすリィナに、わたくしは後ろを振り返る。「えっ……?」 窓の外には光り輝くものがいました。それも白馬のような何か。 自室は二階であり、普通の馬は二階になど現れません。「ペガ……サス?
「ルカ、貴様は全軍司令官になりたかったのだろう?」 俺はゴクリと唾を呑み込んでいる。 確かに俺は言った。いち早く全軍を指揮する立場になりたいと。しかし、それは使える駒がある場合においてだけだ。「どうだ? ただの大口だったのか? お前はいつも口先だけだからなぁ?」 クソッタレが……。 俺に全てをなすり付けるつもりか。安全な場所へと逃げ込み、侵攻された場合は俺に罪を着せるつもりじゃねぇかよ。「兄上、俺がいつ大口を叩いたのです? 俺は少し気になっただけですから」「ほう、何が気になるというのだ?」「前線に赴き戦うことは異論などない。だが、兄上の代理では嫌だ。戦果を取られ、失態の責任だけを負わされるのは御免ですよ……」 百歩譲って前線に出るのは構わない。しかし、俺の功績をアークライトに取られるなんて絶対に認められないんだよ。「代理ではないぞ? 安心しろ。私は西部司令官を退任し、双国軍を戦えるようにする総合防衛官となる。お前は新たな西部司令官に任命されるのだ。是非とも戦果を上げて欲しいものだな?」 こいつはきっと帝国の惨状を聞いたのだろう。あわよくば俺が前線で討ち死にすることを望んでいるに違いない。「ちゃんとした書面が欲しい。俺が戦いに勝ったとして兄上には何の功績もないこと。それが用意できるのなら、逃げ惑う兄上の代わりに前線で戦ってやるよ」「ふはは! それでこそ我が勇敢なる弟だ。良いだろう。お前が望むままの書面を用意してやる。証人も用意してくれて構わん。だが、必ず戦え。スノールから逃げ帰ることなど許さんぞ?」 魔将軍が直ぐ北側に侵攻したから相当ビビってんな。 書面さえ用意されるのなら、お望み通り戦ってやるよ。加えて、お前が望まぬ戦果を上げてやる。「兄上こそ、俺が王太子になったとして、喚き散らさないでくださいよ? 負け惜しみは格好悪いですからね?」「はん、いつもお前は生意気だった。さっさと準備をしてスノール前線基地へと向かえ。本日の用事はそれだけだ」 不機嫌そうにアークライトが壇上を去る。 全員を前に話をしたのは俺の退路を断つためだろう。まあしかし、逃げ道がなくなったのはアークライトも同じだ。 ここにいる候補生全員がお前の話を聞いていたのだからな。 このあと急な集会は解散となった。俺の周囲には人垣ができていたけれど、近くまで寄っ